#10 アリサッキー
「OH(オゥ)! チョト、トマッテクダサ~イ!」
普段は無口のアリサが、おなじみのカタコトながら、鋭い声で言った。
「えっ!?」
「ソコ。ナニカ、イマース」
と、次の瞬間。
≪カサカサカサ≫
前方の茂みが、かすかに音を立てた。
あわてて、腰に下げたナイフを取り出そうとするサツキ。
しかし、となりのアリサが、そのときすでにライフルを構え、茂みに照準(しょうじゅん)を合わせているのを見て、やめた。
(このコには、かなわないな)
本誌の企画「ピチモ学力テスト」では、常に第1位。「ピチモ運動会」でも、出場すればMVP。
見た目も、典型的なハーフ美人にして、170を超える長身でスタイルまでも抜群とくる。
サツキにとって、勉強も運動も、さらには容姿までも、全てにおいて完璧なアリサは、親友であると同時に、密かな憧れでもあった。
そんなわけで。
(ここは、この頼りになる”ハーフちゃん”に任せよう)
前方の茂みに集中するアリサの肩をポンポンと叩くと、サツキは一歩下がった。
―――アリサとサツキ
ふたりは、同学年ではあるが、方や一般応募のオーデ出身、方や非オーデ。
2011年に、ピチレのモデルとなったサツキに対し、アリサの加入は、ちょうどその1年後になる。
また、アリサはピチレに来るまで、ニコプチに所属しており、そこからの移籍組だ。
そんな、何の共通点もなさそうなサツキとアリサとが初めて出会ったのが「中2ピチモ林間学校」のお泊り企画。
第一印象では、いかにもハーフっぽい整った顔立ちに、髪を茶色に染め、ヒップホップやレゲエが趣味という長身のアリサのことを、「ちょっと変わった怖い感じのコ」だと思っていた。
しかし、1泊2日のロケが終わるころには、ハルカを含めた3人ですっかり意気投合。
解散後、そのまま原宿に遊びに行ったほどで、それからも、オフの日には頻繁に会っている。
翌年のGWには、その3人で「HAS」を結成し、これに後輩のリョウを加えた4人組が、今ではピチレを代表する仲よしメンバーとして知られるようにもなった。
そしてサツキは、このメンバーの中のリーダー格で、しっかり者のアリサを、とにかく信頼していた。
≪ガサガサ≫
茂みからの音が、大きくなる。
なにものかが、確実にこちらに近づいてきている。
はりつめた空気。
銃を構えるアリサの緊張が、サツキにも伝わる。
そして、
≪ガサッ≫
二人の前にひょっこり姿を現したのは―――キタキツネであった。
「なぁ~んだ」
一気に、肩の力が抜けるサツキ。
しかし、アリサは、いまだにキツネに銃口を向けたままだ。
「アリサ?」
それを不思議に思ったサツキが声をかけた、そのとき。
アリサは、じっと動かないでこちらを見つめているキツネに向け、ライフルを発射した。
≪パーン≫
轟音(ごうおん)が響き渡る。
大口径の狩猟用(しゅりょうよう)ライフルは、キツネの腹部以下、下半身を木っ端微塵(こっぱみじん)に吹っ飛ばした。
あたり一面に内臓と血が散乱し、どすぐろい赤色、一色に染める。
一方、上半身だけとなったキツネは、すぐには死ねず、ヒクヒク動いている。
驚いたサツキ、瀕死(ひんし)のキツネに駆け寄る。
「アリサ、こ・・・こりゃヒドイよ。動物病院に連れてかなきゃ」
「ガイジュウ(害獣)ハ、クジョ(駆除)シナクテハ、ナリマセーン」
「害獣?この子が?」
「アリサノ、パパ、ハンティングヲ、シュミニシテマース。US(アメリカ)ニ、スンデタコロ、アリサモ、ヨクイッショニ、ツレテッテモラッテマシタ」
雨が強くなり、大きく開いたままのキツネの瞳にも降り注ぐ。
キツネは、まだ死なず、自分を覗(のぞ)き込むサツキを睨(ニラ)んでいる。
「うん。助けなきゃ!」
サツキ、そういうと、上半身だけとなったキツネを助け起こそうとする。
と、これを見たアリサ。
「ダメデースッ!」
アリサが叫ぶのと、上半身だけのキツネが、サツキの出した手の指に噛み付いたのは、同時だった。
もはや死を待つだけのキツネが、最後の力を振り絞って、サツキの中指に喰らい付いたのだ。
「キャッ!」
サツキは、痛みというより恐怖によって、しりもちをついた。
それでも、キツネは、指に食い付いたまま離さない。
「サツキ、ムリニ、フリマワシテハ、イケマセーン。テ、チギレチャイマース」
アリサはそう言うと、落ち着いた動作で、手ごろな大きさの石を拾った。
そして、そのままキツネに近づき、石を振り下ろして、頭を割る。
≪グシャ≫
「ダイジョブデスカ?」
サツキは、しばらくの間、放心状態だった。