#9 マリリvsユイ
ユイはひとり、洞穴(ほらあな)の中に身を潜(ひそ)めていた。
「ん?なんやろ」
やや離れたところにある茂みが、ガサっと揺れる音がしたので、そっと入り口から顔をのぞかせる。
お仕事のときは標準語を話すが、プライベートでは関西弁なのである。
「誰か、そこにおるん?」
しかし、返事は無い。
父親の影響もあり、元来が強気で好奇心の強いユイは、そのまま自然に足が動いて、音がした茂みに向かい、一歩踏み出した。
すると次の瞬間、その茂みの隙間から、さくら学院の制服姿の少女が、ひょっこり顔を出した。
Pichile7月号の「ピチピチトーク」で、ヲタ芸を披露するなど、アイドル好きをカミングアウトしたユイ。
これを目ざとく見定めると、今の「さ学」のキャメル色のブレザーではなく、旧タイプの紺色ブレザーであることを瞬時に理解する。
「この時代の制服は・・・、まりりん?」
やがて、制服姿の少女がこちらを見つめる。
ユイと目が合う。
と、ここで初めて、ユイの中に恐怖が跳ね上がった。
眼前の少女の制服が、真っ赤な血で染まっているのだ。
もちろんこれは、かの少女が、つい先ほどアヤメを抱きかかえて、看取(みと)ったときに付着したものであったのだが、そんなことユイは知る由(よし)も無く。
「まりりちゃん、それ――」
ユイは、マリリの血を指差し、「あっ」と声にならない叫びを漏らすやいなや、きびすを返し、夢中で走り出した。
「ゆいちゃん!待って。ゆい〜!」
走っても走っても、後ろから追ってくる気配を感じたユイ。
このままでは、やがて追いつかれる。
「やりたく、あらへん。でも、やるしかないねん」
そこでユイは意を決すると走るのをやめ、くるりと体を反転さた。
そして、反転させた時には、すでに両手で銃を構えていた。
ほんの7〜8メートル後方に、マリリ。
急に止まったユイに驚いたのか、やや釣り目気味の大きな目を丸くして立ち止まる。
「なぁなぁ。うちが、おとなしく殺(や)られる、思うとったん?」
そのままユイは、しっかりと腕を伸ばし、引き金を引いた。
≪ぱん≫
銃口から火炎が伸び、前方のマリリの胸に突き刺さる。
そのまま、仰向けにのけぞったように倒れるマリリ。
アヤメの血に、マリリ自身の血が混じり、もはや自慢のブレザーは、一面どす黒い赤に染まっていた。
「とどめや!」
ユイは、銃を握ったまま倒れたマリリに走りより、一気に距離をつめる。
と、あとわずか2メートルのところで立ち止まった。
マリリが、横たわったままクビを傾け、大きな瞳でユイを見たのだ。
改めて2人の目が合う。
するとマリリは、しぼり出すように、意外なことを口にする。
「は・・・はやく、逃げ・・・て」
「へっ!?」
「今の銃声で・・・誰か・・・ううん、あのコが、やってくるかも・・・しれないから」
「!?」
「だから、はやく・・・行って」
ここまで聞いて、ユイは全てを悟った。
「あぁ、マリリちゃん」
そう、ユイにとって、マリリは敵ではなかったのだ。
「マリリちゃん!マリリちゃん!うち、なんてことしてしまったんやろ・・・」
ユイの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
それは確かに、マリリといえば、見た目は美人で大人っぽくて長身で、ちょっと冷たい感じのする、イジワルそうな子だった。
はじめて会ったニコプチ時代、小学生で160cmを越える身長、その抜群のスタイルを、正直うらやましと思ったこともあった。
以来、1年ちょっとの間、いっしょに専属モデルをつとめたが、ユイ自身、所属事務所でのごたごた云々もあり、同期に先駆けて卒業したことから、結局あまり話す機会も無かった。
でも、こんな状況のなか、こうして、自分のことをこれほどまでに心配してくれている。
マリリ、ますます小声になり、続ける。
「いいから。あたしのことなんて、気にしないで」
「せやかて・・・」
「だから・・・早く逃げ・・・て」
「一緒に!そう、うちら一緒に逃げるってのは、どや?さぁ、立てるか?」
ユイは、マリリを起こそうと、その肩に手をかける。
が、しかし。
マリリはゆっくりと首を振って。
「あたしは・・・もうダメみたい」
呼吸が荒くなる。
そして。
「ユイちゃんに・・・最後に、ユイちゃんに逢(あ)えたんだから・・・あたし、満足」
「へっ!?それって――」
ユイの涙で濡れた瞳が、ここで大きく見開かれた。
「どないな意味なん?」
ユイの声が震えていた。
「それ、聞いたら・・・逃げてくれる?」
「何?一体何?答えてや、なぁ?」
「ゆいちゃんって、いつでも明るくて、ホント面白くって、人見知りとかぜんぜんしないよね。いつもみんなの輪の中にあって、誰からも好かれるムードメーカー。スタッフさんにも受けがよくて、オトナのひとともいつのまにかすぐに仲良くなってる。ギネスの記録も持ってる。もう、あたしとは正反対」
「なんや突然」
「だから、あたしは・・・そんなゆいちゃんに、ずっと―――ずっと―――」
「ずっと?」
「憧れてた」
「うそや!?」
「それが、あの2013年の夏。突然、ゆいちゃん、ニコプチの撮影に来なくなって。後から、スタッフさんから『卒業した』って聞かされて。それ以来連絡も取れなくなって、ずっとずっと気になってたんだから」
「マジか」
「それで、こうしてPichileで一緒になって。こんどこそいっしょ遊ぼう、いっぱい話しようって、思ってた」
「そんな・・・」
「これだけ、言いたかったの。さぁ、はやく・・・逃げて」
―――もしかして、マリリは、うちのこと、探していたのかもしれない。
誰に狙われるともしれない、この危険の中で。
だとしたら、うちは一体何をしてしまったんやろ?
「マリリちゃん!!マリリちゃ〜ん!!」
ユイ、涙ながらに叫ぶ。
「いいから」
マリリが優しく言った。
「あたし、ユイちゃんに殺されるんなら、ぜんぜん構わないよ」
そして。
「だからユイちゃん。あなだだけは・・・早・・・く・・・」
これがマリリの最後の言葉だった。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」
ユイは地面にひざまづいたまま、マリリの体に覆い被さって泣いた。
泣き止むことはできなかった。
まだ温かい、マリリの頬(ほほ)の温度を自分の頬に感じながら、ユイはボロボロと泣き続けた。
マリリは逃げろと言ったけれど、そんなこと、とてもできなかった。
「うちは、うちはこれから・・・どないしたら、ええねん?」
「フフフ。死ねばいいのよ」
ふと、ユイの後ろから、誰かが答えた。
「こっ・・・この声は!?」
ビクッと体を震わせ、ユイは恐る恐る首を振り向かせた。
そして見た。
そこに、まるで人形のように美しい少女の姿を。
さらに、その少女が自分を見下ろし、手に銃を構えているのを。
「わっ!」
ミオは、微笑んでいた。
微笑んだまま、静かに引き金を引く。
≪ぱん≫
次の瞬間、ユイの体が、マリリの体の上に折り重なるように倒れた。
「はぁ(ため息)。ゆいは、ホントおバカさんよ。どうして、まりりんの気持ちを分かってあげられなかったの?」
さらに、視線を移して、マリリの顔を見やった。
「まりりん、あなたは満足?大切な仲間と一緒に死ねて」
ミオは、やれやれといった風に頭を振ると、その場に、弾を打ちつくした銃を投げ捨て、歩き出した。