ピチモバトルロワイヤル2015 - 小説ピチモ物語#9

#9 マリリvsユイ

ユイはひとり、洞穴(ほらあな)の中に身を潜(ひそ)めていた。

「ん?なんやろ」

やや離れたところにある茂みが、ガサっと揺れる音がしたので、そっと入り口から顔をのぞかせる。

お仕事のときは標準語を話すが、プライベートでは関西弁なのである。

「誰か、そこにおるん?」

しかし、返事は無い。

父親の影響もあり、元来が強気で好奇心の強いユイは、そのまま自然に足が動いて、音がした茂みに向かい、一歩踏み出した。

すると次の瞬間、その茂みの隙間から、さくら学院の制服姿の少女が、ひょっこり顔を出した。

Pichile7月号の「ピチピチトーク」で、ヲタ芸を披露するなど、アイドル好きをカミングアウトしたユイ。

これを目ざとく見定めると、今の「さ学」のキャメル色のブレザーではなく、旧タイプの紺色ブレザーであることを瞬時に理解する。

「この時代の制服は・・・、まりりん?」

やがて、制服姿の少女がこちらを見つめる。

ユイと目が合う。

と、ここで初めて、ユイの中に恐怖が跳ね上がった。

眼前の少女の制服が、真っ赤な血で染まっているのだ。

もちろんこれは、かの少女が、つい先ほどアヤメを抱きかかえて、看取(みと)ったときに付着したものであったのだが、そんなことユイは知る由(よし)も無く。

「まりりちゃん、それ――」

ユイは、マリリの血を指差し、「あっ」と声にならない叫びを漏らすやいなや、きびすを返し、夢中で走り出した。

「ゆいちゃん!待って。ゆい〜!」

走っても走っても、後ろから追ってくる気配を感じたユイ。

このままでは、やがて追いつかれる。

「やりたく、あらへん。でも、やるしかないねん」

そこでユイは意を決すると走るのをやめ、くるりと体を反転さた。

そして、反転させた時には、すでに両手で銃を構えていた。

ほんの7〜8メートル後方に、マリリ。

急に止まったユイに驚いたのか、やや釣り目気味の大きな目を丸くして立ち止まる。

「なぁなぁ。うちが、おとなしく殺(や)られる、思うとったん?」

そのままユイは、しっかりと腕を伸ばし、引き金を引いた。

≪ぱん≫

銃口から火炎が伸び、前方のマリリの胸に突き刺さる。

そのまま、仰向けにのけぞったように倒れるマリリ。

アヤメの血に、マリリ自身の血が混じり、もはや自慢のブレザーは、一面どす黒い赤に染まっていた。

「とどめや!」

ユイは、銃を握ったまま倒れたマリリに走りより、一気に距離をつめる。

と、あとわずか2メートルのところで立ち止まった。

マリリが、横たわったままクビを傾け、大きな瞳でユイを見たのだ。

改めて2人の目が合う。

するとマリリは、しぼり出すように、意外なことを口にする。

「は・・・はやく、逃げ・・・て」

「へっ!?」

「今の銃声で・・・誰か・・・ううん、あのコが、やってくるかも・・・しれないから」

「!?」

「だから、はやく・・・行って」

ここまで聞いて、ユイは全てを悟った。

「あぁ、マリリちゃん」

そう、ユイにとって、マリリは敵ではなかったのだ。

「マリリちゃん!マリリちゃん!うち、なんてことしてしまったんやろ・・・」

ユイの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。

それは確かに、マリリといえば、見た目は美人で大人っぽくて長身で、ちょっと冷たい感じのする、イジワルそうな子だった。

はじめて会ったニコプチ時代、小学生で160cmを越える身長、その抜群のスタイルを、正直うらやましと思ったこともあった。

以来、1年ちょっとの間、いっしょに専属モデルをつとめたが、ユイ自身、所属事務所でのごたごた云々もあり、同期に先駆けて卒業したことから、結局あまり話す機会も無かった。

でも、こんな状況のなか、こうして、自分のことをこれほどまでに心配してくれている。

マリリ、ますます小声になり、続ける。

「いいから。あたしのことなんて、気にしないで」

「せやかて・・・」

「だから・・・早く逃げ・・・て」

「一緒に!そう、うちら一緒に逃げるってのは、どや?さぁ、立てるか?」

ユイは、マリリを起こそうと、その肩に手をかける。

が、しかし。

マリリはゆっくりと首を振って。

「あたしは・・・もうダメみたい」

呼吸が荒くなる。

そして。

「ユイちゃんに・・・最後に、ユイちゃんに逢(あ)えたんだから・・・あたし、満足」

「へっ!?それって――」

ユイの涙で濡れた瞳が、ここで大きく見開かれた。

「どないな意味なん?」

ユイの声が震えていた。

「それ、聞いたら・・・逃げてくれる?」

「何?一体何?答えてや、なぁ?」

「ゆいちゃんって、いつでも明るくて、ホント面白くって、人見知りとかぜんぜんしないよね。いつもみんなの輪の中にあって、誰からも好かれるムードメーカー。スタッフさんにも受けがよくて、オトナのひとともいつのまにかすぐに仲良くなってる。ギネスの記録も持ってる。もう、あたしとは正反対」

「なんや突然」

「だから、あたしは・・・そんなゆいちゃんに、ずっと―――ずっと―――」

「ずっと?」

「憧れてた」

「うそや!?」

「それが、あの2013年の夏。突然、ゆいちゃん、ニコプチの撮影に来なくなって。後から、スタッフさんから『卒業した』って聞かされて。それ以来連絡も取れなくなって、ずっとずっと気になってたんだから」

「マジか」

「それで、こうしてPichileで一緒になって。こんどこそいっしょ遊ぼう、いっぱい話しようって、思ってた」

「そんな・・・」

「これだけ、言いたかったの。さぁ、はやく・・・逃げて」

―――もしかして、マリリは、うちのこと、探していたのかもしれない。

誰に狙われるともしれない、この危険の中で。

だとしたら、うちは一体何をしてしまったんやろ?

「マリリちゃん!!マリリちゃ〜ん!!」

ユイ、涙ながらに叫ぶ。

「いいから」

マリリが優しく言った。

「あたし、ユイちゃんに殺されるんなら、ぜんぜん構わないよ」

そして。

「だからユイちゃん。あなだだけは・・・早・・・く・・・」

これがマリリの最後の言葉だった。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」

ユイは地面にひざまづいたまま、マリリの体に覆い被さって泣いた。

泣き止むことはできなかった。

まだ温かい、マリリの頬(ほほ)の温度を自分の頬に感じながら、ユイはボロボロと泣き続けた。

マリリは逃げろと言ったけれど、そんなこと、とてもできなかった。

「うちは、うちはこれから・・・どないしたら、ええねん?」



「フフフ。死ねばいいのよ」

ふと、ユイの後ろから、誰かが答えた。

「こっ・・・この声は!?」

ビクッと体を震わせ、ユイは恐る恐る首を振り向かせた。 そして見た。

そこに、まるで人形のように美しい少女の姿を。

さらに、その少女が自分を見下ろし、手に銃を構えているのを。

「わっ!」

ミオは、微笑んでいた。

微笑んだまま、静かに引き金を引く。

≪ぱん≫

次の瞬間、ユイの体が、マリリの体の上に折り重なるように倒れた。

「はぁ(ため息)。ゆいは、ホントおバカさんよ。どうして、まりりんの気持ちを分かってあげられなかったの?」

さらに、視線を移して、マリリの顔を見やった。

「まりりん、あなたは満足?大切な仲間と一緒に死ねて」

ミオは、やれやれといった風に頭を振ると、その場に、弾を打ちつくした銃を投げ捨て、歩き出した。