#4 ミヅキvsカノン
「のんたんつ!」
その声に、カノンは一瞬、上背のある大きな体をビクッと震わせたように見えたが、ややあって、ゆっくりと振り向いた。
そして、声の主を見据え、一瞬驚いた表情を浮かべる。
「みっきー!?」
「のんたんっ!!」
ミヅキは、もう一度小さく叫ぶと、カノンにパタパタと走り寄った。
うれしさで、ミヅキのトレードマークでもある自慢の笑顔がますます輝き、同時に、涙も滲(にじ)むのも分かった。
一方のカノンは、その場に足を止めたまま、走ってくるミヅキを、しっかりと抱きとめる。
優しく、力強く。
そして。
「無事だったんだね、みっきー。よかった。心配してたんだよ」
と、落ち着いた声で言った。
まだ体をピッタリくっつけたままの2人。
お互いの顔を見ずに、身長の小さいミヅキは、カノンの胸の中で話す。
「うちもだよぉ~」
声が、くぐもっている。
ここでようやく身体を放し、見つめ合う2人。
「なんか、すっごい偶然。こんなところで…、こんなところで会えるなんて」
カノン、改めて驚いたように言う。
「うん。こうして2人っきりっていうの、たぶん去年の夏休みの、ほら、あの北海道旅行のとき以来だよね?」
「そうだね」
するとことで、突然、涙声になるミヅキ。
その瞳から、大粒の涙が零れ落ちると同時に、大声で泣きじゃくる。
「うぇ~ん、うぇ~ん。もう…、もう二度と会えないと思ってた(ひっく)。こんな…こんなヒドイことになって…(ひっく)」
声にならないくらい泣きじゃくるミヅキの髪を優しくなでつつ、カノン。
「もう大丈夫。大丈夫だって。何があっても、あたしが一緒だから」
そんなカノンの優しい言葉に、ますます涙があふれるミヅキ。
ややあって、ふたりがようやく体を離した時、カノンの視線がふと気づいたように、ミヅキの右手に落ちる。
ミヅキは、それで、自分がまだ、銃を握ったままだったことに気づいて、苦笑した。
「ありゃ…。私ったら」
恥ずかしそうに微笑む。
これに、カノンも笑みを返す。
「いいじゃない。あたしの武器なんて、…これだよ」
そう言って、ポケットから、プラスチック製の水鉄砲を取り出し、振って見せた。
それは、100円ショップで売っているような、こどものおもちゃだった。
「ねぇ、みっきー。その銃、ちょっとあたしに見せてくれない?」
言われるまま、ミヅキは、自分の拳銃をカノンに差し出した。
「あー、これ。のんたんが持っててよ。私、こういうの怖いし、うまく使えそうに無いし」
そこでカノンは、自分が手にしていた水鉄砲をその場に放り投げると、ミヅキの銃を受け取った。
「そうそう。これ、予備の弾とか、そういうのもあった?」
「うん、あったよ。えっとぉ~、ちょっと待って…」
ポケットをゴソゴソ。
そしてすぐに、弾の詰まった小箱を取り出し、これもカノンに渡した。
「ほい」
…と、次の瞬間。
ミヅキは、我が目を疑った。
信じられないことが起こったのだ。
なんと、いつのまにか、カノンが自分に銃口を向けているのだ。
「ふぇ!? の…のんたん??」
この問いかけに、カノンが冷たく言い放つ。
「さて、と。最後に、みっきー。何か言い残すことは?」
これまでとは一転、凍り付くような低い声。
ミヅキは、一瞬、カノンが何を言ったのか分からなかった。
「ど…どして? なんで? なにこれ?」
「はぁ? だいたい、あなたみたいな子、信用できるわけないじゃない」
「どして…」
なおもミヅキ、震える声で食い下がる。
「うち、なにか悪いことした?」
「フッ。。。あなたが、ろくでもない子だってことぐらい、あたし、知ってる。だいたい、『MMM』って何? 何が次世代よ! なんで、あたしじゃなくって、モカにミオなの?」
「それは…」
「しかも、あたしがほとんど出番がないうち、あなたは髪をショートにして、一気にボーイッシュキャラを確立。一方で、ヘン顔写メだって毎月のように掲載されて、すっかり人気ピチモじゃない!」
それは、確かに事実だった。たしかに、MMMと呼ばれはじめて、表紙経験のあるモカやミオと同列に扱われることが、嬉しくなかったといえば嘘になる。
でも、決して、のんたんのことをないがしろにしているつもりも、見下しているつもりもない。もちろん今も、一番の親友だと思っている。
「そんなことない。今も、のんたんのこと、大好きだよ!」
涙をいっぱい溜め、すがるようにミヅキ。
「ううん」
カノンは首を振る。続けて、
「嘘つきよ、あなた。でも…これでお別れ」
そして、引き金に指をかける。
すると、ミヅキ。
カノンの目を見つめ、一転して、穏やかな表情になる。
「ありがとう、のんたん。短い間だったけど、私、のんたんと知り合いになれて、一緒にお仕事できて、幸せだった」
「…」
ここでカノンの瞳が、なにか大事なことに気づいたように、丸くなり、その動きが一瞬にして凍りつく。
「いいよ、のんたん。さあ、私を撃って。そして、のんたんは、最後まで生き残ってね」
ミヅキは、こう言うと、にっこりと微笑み、目を閉じ、その場に膝をついて、しゃがみこんだ。
ややあって、カノン。
「みっきー…」
それは、いつものカノンの、優しい声だった。
これを聞いて、ミヅキは、ゆっくりと、もう1度目を開けた。
上目づかいに、カノンを見つめた…その瞬間。
<カツッ>
にぶい、不気味な音が響いた。
続いて、力を失ったカノンの上半身が、ミヅキにかぶさるように倒れ掛かってきた。生暖かく、どす黒い液体と共に。
そしてそのまま、カノンは、ピクリとも動かなくなった。
「!?」
あまりに突然のことで、事態が飲み込めない。
そして、ミヅキが、カノンの背中ごしに見たのは…ミオの笑顔だった。
ミヅキは、何が何だか分からなくなった。
ただ、そのミオの、正統派美少女たる由縁とされる、天使のように美しい笑顔に、心底…ぞっとした。
「大丈夫だった? みっきー」
そう言いながら、ミオは何事も無かったかのように、満面の笑みで、ミヅキに手を差し伸べ、カノンの身体の下から引っ張り出した。
ミヅキは、よろけながらも立ち上がり、そして…見た。
カノンの後頭部に、鋭利な鎌が突き刺さったままになっているのを。
しばらく茫然(ぼうぜん)とし、ふと、われに返って、叫ぶミヅキ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ~!!!」
そして、間髪おかず、目の前にいるミオを、力いっぱい突き飛ばす。
<どすん>
不意をつかれ、尻もちをつく、ミオ。
スカートがめくれ上がり、そこから、ミオの艶めかしい太ももがのぞいた。
ミヅキは、そんなミオにはお構いなしに、いまは死体となったカノンの身体に覆いかぶさった。
抱き起すように縋(すが)り付き、そして精一杯呼びかける。
「のんたん、のんたん、のんたん…」
再び、ミヅキの瞳から、大粒の涙がぽろぽろこぼれ落ちた。
そして、ひとしきり泣いた後、傍らに立つミオを、キッとにらみつけるミヅキ。
もはや、年上だの、非オーデだの、次期エースだの、表紙経験者だの、そういった上下関係は、この際、どうでもいい。
「なんで殺したのよ!」
普段のおっとりマイペースのミヅキからは、想像もできないような声が出た。
しかしミオ。平然と、何も答えない。
ミヅキ、続けて。
「何でよ! なんで殺したのよ! ヒドイ。ひどすぎる。悪魔…そう悪魔だよ。ミオちゃんは、悪魔だよ!」
これに、ミオ。ちょっと意外といった感じで、不満げに唇をゆがめる。
「みっきー。だってあなた、殺されかけてたじゃない。だから、ミオが、こうして助けてあげたんじゃない」
言い含めるように。
しかしミヅキも譲らない。
「うそだ! のんたんは、わかってくれたもん。私の気持ち、わかってくれたもん。ミオちゃんは悪魔だ。こ…殺してやる! 私が殺してやるっ!!」
すると、ミオは、やれやれといった感じで、先ほどカノンの手から奪った銃を、静かにミヅキに向けた。
<ぱん>
「うふふ。そう、きっとカノンは最後、わかってくれたんでしょうね。だから…。だからカノンが、あなたを殺すのをやめそうだったから、私が代わりに殺したのよ」