#2 ココロvsミオ


島にある唯一の集落の外れに、ひっそりとたたずむ一軒家。


ココロは、暗闇の中、キッチンのテーブルの下で、体育座りをしつつ、小柄な身体をぶるぶると震わせていた。


殺し合いなんて、とてもできない。


でも、このまま隠れてじっとして動かなければ、もしかしたら自分は、最後まで生き残れるかもしれない。


しかし、ココロの希望は、すぐに打ち砕かれた。


≪ガシャン≫


派手に窓ガラスが割られる音がして、誰かが家の中に入ってきたのだ。


続いて、堂々と歩き回る靴音が聞こえてきた。


その足音は、家の中をあちこち動き回っているようだったが、やがて、ココロのいるキッチンへと近づいてくる。


『ふぅ。よかった、誰もいないみたい』


誰かが言う。


これを聞き、ココロは愕然とした。


それは、先輩ピチモ、ミオの声だった。


もし、この侵入者が、ココロとオーデ同期で、いしょに遊びにも行く仲のマリリや、新ピチモでおない年のノアだったら、話し合える余地がある。しかし、ミオ先輩。あの人は…。


ピチモナンバーワンの正統派美少女にして、次期エース候補の一番手。しかも、ピチレだけにとどまらず、連ドラや朝ドラに大河、映画にCMにと引っ張りだこ。ホリプロ売り出し中の女優さんである。


まさに、新人のココロにとって、話したこともなければ、話しかける勇気もない、全く未知の存在である。


そこでココロは、武器として与えられたダガーナイフを、そっと握り直し、機をうかがうことにする。


でも、こんなこと、はたして自分にできるだろうか?


と、次の瞬間。


「キャ!」


ふいに、ミオの懐中電灯がキッチンの下を照らした。


そして、そこに、じっとして動かないココロを見つけ、小さく驚きの声を上げたのだ。


すぐに、カチッと音がして、懐中電灯の光が消える。


「こ…ここちゃん?」


ややあって、おそるおそるといった風に、ミオが声をかけてくる。


ここでココロ、心を決め、ここぞとばかりにナイフを強く握り締める。


やらなければ、きっとやられる。


そう、ミオちゃんを殺さなければ!


「そこにいるの、ここちゃんなの?」


カチッと音がして、再び懐中電灯の明かりがともった。


今だ! このまま立ち上がって、光の元へ目がけ、ナイフを突き出すだけでいい。チャンスだ。


しかし、ココロが頭の中で思い描いた作戦は、予想だにしなかった展開により、中断されることになった。


なんと、いつのまにか懐中電灯は床に置かれ、その光の中に浮かび上がるミオも、ココロ同様に、ペタンと床にしゃがみ、まっすぐ、こちらを見つめていたのだ。


しかも、良く見ると、ミオの目には、涙があふれていた。


「よかった…」


ミオの声が、若干ふるえている。


「よかった…。ミオ、怖くて怖くて」


そのまま一気に続ける。


「ここちゃんなら、だいじょうぶだよね。ミオのこと、殺そうとか、思ってないよね。ミオと…、ミオと、一緒いてくれるよね?」


ココロは、これを聞き、一瞬茫然(ぼうぜん)とした。


あの、ミオちゃんが泣いている。


しかも、自分に助けを求めている。


あぁ、ミオちゃんが、その活躍を妬むピチモから、いくら陰で調子のってるだの天狗だの性格がキツイだのいわれていたって、それでも、普通の女子中学生にすぎないのだ。たとえこんな状況だからって、まさか後輩ピチモを殺すなんて恐ろしいこと、できるわけなかったのだ。


なのに…。なのに自分は、考えてしまった。


一瞬にせよ、ミオちゃんを殺すなんてこと、考えてしまった。自分の身を守るためだったとしても。


あぁ、私は、なんてヒドイ人間なんだろう。つくづく自分が嫌になる。


こうして、自分への嫌悪感と、同じ恐怖と不安を抱える先輩ピチモと一緒にいるという安心感で、ココロの目からも、自然に涙がこぼれだした。


そのまま、テーブルの下から這(は)い出して、ミオの手を握る。


「ミオちゃん。よかった、私…私…」


ミオも、強く握り返して。


「だいじょうぶ。ミオたち、もう一緒だよ」


ひとしきり、2人涙を流した後、やがてココロが言いずらそうに切り出す。


「あ…あのぉ…」


「ん? どした?」


「あの…私…」


「うん」


「実は私、みおちゃんが最初、ここ入ってきたとき。一瞬、こ…殺そうとしたの。殺そうって思ったの。…とっても、とっても怖かったから…」


この告白に、ミオ、一瞬目を丸くしたが、すぐに優しい表情に戻り、何度も何度もうなずいてみせた。


それから、にっこり笑って。


「いいっていいって、そんなこと。気にしないで。だって、こんなヒドイ状況だもん、仕方ないよ。ねっ? それより、ここちゃん。このままミオと、ずっと一緒にいてね」


ココロ、これを聞くと胸が一杯になり、たまらずミオに抱きついた。そこは、まだまだ小学生の女の子である。


「ミオちゃん~」


と、次の瞬間。


≪ザクッ≫


ココロは、果物を切るような小気味良い音を、ひどく近いところで、耳にした。


何が起こったのか、理解するまでに数秒かかった。


そんなココロの視界に、ミオの右手がチラッと見える。


自分の顎(あご)の下あたり。


その手には、懐中電灯に反射して不気味に光る、ゆるやかにカーブした刃物…鎌が握られていた。


もちろん、その刃物の先端は、ココロの、小さな喉(のど)に突き刺さっていた。


「うふふふ。ごめんなさいね。ミオも、ここちゃんのこと、最初から殺そうって、思ってたの」